2008年06月28日
映画天国
アメリカは夏休み中です。
子供は大喜び\(^○^)/
親は頭痛(−−;)
長い夏休みを、どう退屈させずに子供達に過ごさせるかで頭が痛くなります。
そこで見つけた「Free Family Film Festival」。
近くの映画館が、毎年夏休み期間中の毎週火曜日と水曜日の午前10時に子供向けの映画を上映してくれるのです。
それも、まったく無料。
さすがに無料とあって、赤ちゃんを連れて来る親御さん、保育園の団体さん、子沢山のお母さんとか、、、、もう館内はワイワイガヤガヤ。
おかしなシーンになると、子供達が遠慮せずに「ギャハハハハ、、、」と転げ回って笑います。
「オギャー、オギャー、オギャー」泣く赤ちゃんを立ってあやしながら見るお母さんもいたり。
誰も、「しーーーーっ!」なんてことを言う人はいません。
そんな賑やかですごく楽しい映画館は、夏の憩いの場となっています。

子供は大喜び\(^○^)/
親は頭痛(−−;)
長い夏休みを、どう退屈させずに子供達に過ごさせるかで頭が痛くなります。
そこで見つけた「Free Family Film Festival」。
近くの映画館が、毎年夏休み期間中の毎週火曜日と水曜日の午前10時に子供向けの映画を上映してくれるのです。
それも、まったく無料。
さすがに無料とあって、赤ちゃんを連れて来る親御さん、保育園の団体さん、子沢山のお母さんとか、、、、もう館内はワイワイガヤガヤ。
おかしなシーンになると、子供達が遠慮せずに「ギャハハハハ、、、」と転げ回って笑います。
「オギャー、オギャー、オギャー」泣く赤ちゃんを立ってあやしながら見るお母さんもいたり。
誰も、「しーーーーっ!」なんてことを言う人はいません。
そんな賑やかですごく楽しい映画館は、夏の憩いの場となっています。

2008年05月15日
母の日にはベリーダンス?
今年の母の日は、ちょっといつもとは違った母の日となりました。
息子達が初めて朝食サービスをしてくれたんです。
長男と次男が、中学校のHome Ec(家庭科)の時間で作り方を習ったらしく、
マムのためにと、早起きしてマフィンを作ってくれたのです。
出来映えはと言いますと、、、(^^;)
マフィンにはちょっとほど遠いものでしたけど、
心のこもったそのマフィンは世界中のどこにも見つかりません。
コーヒーと一緒に美味しく頂きました。
私は始終ニコニコ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そして、夕方。
夫がモロッコ料理のレストランに予約を入れていたらしく、
シアトルダウンタウンの近くのMarrakeshと言うレストランに行って来ました。

6時半で外はまだ明るいのですけど、中に入ると別世界。
内装がまるでテントの中のようでとてもエキゾチック。

5コースディナーを注文したのですけど、食事は全て素手で頂きます。
モロッコ〜♪って感じですね。

しかしこのパイが熱いのなんのって、、、。

なんと言っても驚いたのが、どこからともなく突然出て来た半裸のお姉様。
母の日のサービスらしく(父の日なら分るのですけど)、
テーブルの側でクネクネとベリーダンスを始めるではないですか


写真では伝わりませんけど、お姉様のダンスはかなり色っぽく、、、。
案の定、上の息子二人は目のやり場に困りはて、うつむいて食べてばかりいました。
夫はチップまであげてましたね、、、(−−;)
チビ助が、なぜか嬉しそうに見える、、、(−−;)


とにかく「これ以上は食べきれないよ〜」というくらい、
食べ物がびっしりとテーブルを埋めました。
お腹一杯です。
「こりゃ家に帰ったらベリーダンスでもやってお腹を引き締めなきゃ」
なるほど、ベリーダンスは私への警告だったんですね、、、(−−;)
息子達が初めて朝食サービスをしてくれたんです。
長男と次男が、中学校のHome Ec(家庭科)の時間で作り方を習ったらしく、
マムのためにと、早起きしてマフィンを作ってくれたのです。
出来映えはと言いますと、、、(^^;)
マフィンにはちょっとほど遠いものでしたけど、
心のこもったそのマフィンは世界中のどこにも見つかりません。
コーヒーと一緒に美味しく頂きました。
私は始終ニコニコ。
そして、夕方。
夫がモロッコ料理のレストランに予約を入れていたらしく、
シアトルダウンタウンの近くのMarrakeshと言うレストランに行って来ました。
6時半で外はまだ明るいのですけど、中に入ると別世界。
内装がまるでテントの中のようでとてもエキゾチック。
5コースディナーを注文したのですけど、食事は全て素手で頂きます。
モロッコ〜♪って感じですね。
しかしこのパイが熱いのなんのって、、、。

なんと言っても驚いたのが、どこからともなく突然出て来た半裸のお姉様。
母の日のサービスらしく(父の日なら分るのですけど)、
テーブルの側でクネクネとベリーダンスを始めるではないですか

写真では伝わりませんけど、お姉様のダンスはかなり色っぽく、、、。
案の定、上の息子二人は目のやり場に困りはて、うつむいて食べてばかりいました。
夫はチップまであげてましたね、、、(−−;)
チビ助が、なぜか嬉しそうに見える、、、(−−;)
とにかく「これ以上は食べきれないよ〜」というくらい、
食べ物がびっしりとテーブルを埋めました。
お腹一杯です。
「こりゃ家に帰ったらベリーダンスでもやってお腹を引き締めなきゃ」
なるほど、ベリーダンスは私への警告だったんですね、、、(−−;)
2008年03月07日
紙のアート
ワシントンDCにあるHirshorn Modern Art Galleryで開催されたコンテストらしいです。
条件は紙一枚だけを使って表現すること。
たった一枚の紙が見事なアートに変わっていて素晴らしい、、、。






条件は紙一枚だけを使って表現すること。
たった一枚の紙が見事なアートに変わっていて素晴らしい、、、。






2007年12月31日
良いお年をお迎え下さい
一年が過ぎて行くのはホントに速いですね。
年を追ってますます速くなって来てるような気がします。
子供の頃には一年がたっぷりある様に感じていましたけど、
20代、30代を経て40代に突入し、
ますます加速してる様に感じて不思議に思っていたら、
ある友人にこう説明を受けてスゴく納得してしまいました。
歳を取るごとに1年が短く感じるのは、
自分の年齢分の1だからだそうです。
つまり、7歳の子は7年間生きて来て、1年は1/7になります。
でも、65歳の人には1/65に感じると言う訳です。
これには、「ほほーっ」ととても感心してしまいました。
どんどん一年が過ぎて行くのが速くなって行くという事ですから、
悔いの残らない時間の使い方をしていきたいです。
どうぞ良いお年をお迎え下さい。
年を追ってますます速くなって来てるような気がします。
子供の頃には一年がたっぷりある様に感じていましたけど、
20代、30代を経て40代に突入し、
ますます加速してる様に感じて不思議に思っていたら、
ある友人にこう説明を受けてスゴく納得してしまいました。
歳を取るごとに1年が短く感じるのは、
自分の年齢分の1だからだそうです。
つまり、7歳の子は7年間生きて来て、1年は1/7になります。
でも、65歳の人には1/65に感じると言う訳です。
これには、「ほほーっ」ととても感心してしまいました。
どんどん一年が過ぎて行くのが速くなって行くという事ですから、
悔いの残らない時間の使い方をしていきたいです。
どうぞ良いお年をお迎え下さい。
2007年11月08日
命の長さ
久しぶりに日記をアップします。
大変気まぐれなちむどんどんですみません。
さて、今日はちょっと最近考えた事を書きます。
寿命ってなんだろう?って。
世界一の長寿国、日本。
その日本の一番の長寿県、沖縄。
平均寿命が男性で約82歳。女性で約85歳。
普通に結婚して子供もいれば、孫やひ孫に囲まれる年齢ですね。
地球で一所懸命生きて、そして老いてこの世を後にする。
「幸せだった。ありがとう」って言って他界したい。
こんな風に考えた事は誰でもあるでしょう。
でも、それって、
「自分はまあ平均寿命までは生きるだろう」
と思ってるからですよね。
「死」と隣り合わせなんて考えた事ありますか?
ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー
友人二人がガンを患っています。
一人は50代半ばの男性。
半年前に胃ガンが発見されて、
胃の半分を摘出し化学療法を受けていましたが、
転移が見つかり余命2年と宣告されました。
もう一人は40代半ばの男性で夫の同僚です。
腎臓ガンが見つかったばかりで、
来週摘出手術が予定されています。
どれくらい進行してるのか、まだ今の時点では判らないそうです。
働き盛りで、子煩悩で、家族を大切にするこの友人。
ユーモアと人間的に大らかなところが彼の大きな魅力です。
この人がガンを宣告されたのは、私達にも非常にショックでした。
考えてもみなかったこと、、、。
想像もしなかったこと、、、。
生きられるのか、それとも余命があまり残ってないのか、、、。
突然、命の長さが気になりだす、、、。
人生って本当に判らないものですね。
この二人の友人は、心穏やかに事実をしっかり受け止めています。
先が無いかもしれない、、、。
こう考えた時に二人が出した答えは、今をしっかり生きる事。
一秒一分がとても貴重なのです。
愛する人といれる一瞬。
分かち合える一瞬。
理解し合える一瞬。
自分をベストに生きる一瞬。
Live like there's no tomorrow.
まるで明日が来ないかの様に「生きる」。
この出来事が教えてくれました。
大変気まぐれなちむどんどんですみません。
さて、今日はちょっと最近考えた事を書きます。
寿命ってなんだろう?って。
世界一の長寿国、日本。
その日本の一番の長寿県、沖縄。
平均寿命が男性で約82歳。女性で約85歳。
普通に結婚して子供もいれば、孫やひ孫に囲まれる年齢ですね。
地球で一所懸命生きて、そして老いてこの世を後にする。
「幸せだった。ありがとう」って言って他界したい。
こんな風に考えた事は誰でもあるでしょう。
でも、それって、
「自分はまあ平均寿命までは生きるだろう」
と思ってるからですよね。
「死」と隣り合わせなんて考えた事ありますか?
ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー
友人二人がガンを患っています。
一人は50代半ばの男性。
半年前に胃ガンが発見されて、
胃の半分を摘出し化学療法を受けていましたが、
転移が見つかり余命2年と宣告されました。
もう一人は40代半ばの男性で夫の同僚です。
腎臓ガンが見つかったばかりで、
来週摘出手術が予定されています。
どれくらい進行してるのか、まだ今の時点では判らないそうです。
働き盛りで、子煩悩で、家族を大切にするこの友人。
ユーモアと人間的に大らかなところが彼の大きな魅力です。
この人がガンを宣告されたのは、私達にも非常にショックでした。
考えてもみなかったこと、、、。
想像もしなかったこと、、、。
生きられるのか、それとも余命があまり残ってないのか、、、。
突然、命の長さが気になりだす、、、。
人生って本当に判らないものですね。
この二人の友人は、心穏やかに事実をしっかり受け止めています。
先が無いかもしれない、、、。
こう考えた時に二人が出した答えは、今をしっかり生きる事。
一秒一分がとても貴重なのです。
愛する人といれる一瞬。
分かち合える一瞬。
理解し合える一瞬。
自分をベストに生きる一瞬。
Live like there's no tomorrow.
まるで明日が来ないかの様に「生きる」。
この出来事が教えてくれました。
2007年07月10日
カナダへ日帰り旅行
車でシアトルからひたすら北へ二時間ドライブすると、そこはもうカナダ。
カナダ・ブリティッシュコロンビアのリッチモンド市へ家族で日帰り旅行をしてきました。
そこは年に二度程行ってる私達のお気に入りのところです。
理由は、食べる事と買い物。
中国人が多数住んでいるリッチモンド市は、どこを見ても看板は中国語と英語。
そこはまるでリトルアジア。
日本製品が多く手に入るヤオハンセンターや近代的なショッピングモールのアバディーンセンターを筆頭に、
沢山のレストランとお店が集中しています。
とにかく朝から晩まで食べては休み。休んでは食べ。
最後にチャイニーズベーカリーでおいしいパンを沢山買って帰るのがお決まりとなっています。
翌日の私達は、さすがにあまりお腹がすきませんでした。
カナダへ向けて出発
国境を越えますよぉ!
アバディーンセンターへ着いたらまず飲茶
評判の3Fのレストランへ
モダンな漢方薬品店もあったり
恐竜展も開催中でちび助は大喜び
歩き疲れたらバブルティーを飲みながら
夕飯はマレーシアレストランで
エスニックな料理に舌鼓
日が沈んで来たのでシアトルへ戻ります。
運転手以外、全員グーグー寝ていました。
カナダ・ブリティッシュコロンビアのリッチモンド市へ家族で日帰り旅行をしてきました。
そこは年に二度程行ってる私達のお気に入りのところです。
理由は、食べる事と買い物。
中国人が多数住んでいるリッチモンド市は、どこを見ても看板は中国語と英語。
そこはまるでリトルアジア。
日本製品が多く手に入るヤオハンセンターや近代的なショッピングモールのアバディーンセンターを筆頭に、
沢山のレストランとお店が集中しています。
とにかく朝から晩まで食べては休み。休んでは食べ。
最後にチャイニーズベーカリーでおいしいパンを沢山買って帰るのがお決まりとなっています。
翌日の私達は、さすがにあまりお腹がすきませんでした。



2007年07月03日
大統領のための帽子?
ご無沙汰しておりました (*^-^*)>"
今、自宅でフリーランスの仕事をしています。
2008年に次期アメリカ大統領選挙が行われますが、共和党からの候補者、Duncan Hunter氏のキャンペーン用の帽子を作りました。

帽子とラペルピンのデザインを今回はしたのですけど、これらは、ニューハンプシャー、アイオワ、サウスカロライナ、ネバダ、そしてここワシントン州でのキャンペーンに使用されるようです。
アメリカの選挙運動は賑やか。ポスター、プラカードはもちろんですけど、このような帽子を筆頭に、ラペルピン、風船、バンパーステッカー、Tーシャツなどいろんな物を作ります。それをタダでバラまくこともあれば、販売してその収入を活動資金の一部にしたりしています。
さあ、次は誰が米国大統領になるのでしょうか。歴史上初の女性大統領(ヒラリー)の誕生でしょうか。それとも、これもまた歴史上初の黒人大統領(オバマ)の誕生でしょうか。とにかく楽しみです。
今、自宅でフリーランスの仕事をしています。
2008年に次期アメリカ大統領選挙が行われますが、共和党からの候補者、Duncan Hunter氏のキャンペーン用の帽子を作りました。
帽子とラペルピンのデザインを今回はしたのですけど、これらは、ニューハンプシャー、アイオワ、サウスカロライナ、ネバダ、そしてここワシントン州でのキャンペーンに使用されるようです。
アメリカの選挙運動は賑やか。ポスター、プラカードはもちろんですけど、このような帽子を筆頭に、ラペルピン、風船、バンパーステッカー、Tーシャツなどいろんな物を作ります。それをタダでバラまくこともあれば、販売してその収入を活動資金の一部にしたりしています。さあ、次は誰が米国大統領になるのでしょうか。歴史上初の女性大統領(ヒラリー)の誕生でしょうか。それとも、これもまた歴史上初の黒人大統領(オバマ)の誕生でしょうか。とにかく楽しみです。
2007年04月18日
ディナートレイン
久しぶりの投稿です。
先週週末にディナートレインに家族で乗りました。
長男と次男がまだ小さい時には乗ったことが合ったので、今回は三男坊のためです。

このディナートレイン。
Spirit of Washingtonという列車で食事をしながらコロンビアワイナリーまで行っく約3時間半のコース。
予約制なので、テーブルも指定されています。
子供達にはテーブルマナーも教えながらの良い機会となりました。



コロンビアワイナリーでは、約45分ほど見学する時間があります。


私はワインのテイスティングに興じている間、夫と子供達は外で待っててくれました。(夫はお酒まるっきしダメなんです)
ひととおり出来上がっちゃった私は、良い気分。
夫と子供達はひなたぼっこで、良い気分。
一番楽しんだのは私かもしれない。。。
先週週末にディナートレインに家族で乗りました。
長男と次男がまだ小さい時には乗ったことが合ったので、今回は三男坊のためです。
このディナートレイン。
Spirit of Washingtonという列車で食事をしながらコロンビアワイナリーまで行っく約3時間半のコース。
予約制なので、テーブルも指定されています。
子供達にはテーブルマナーも教えながらの良い機会となりました。
コロンビアワイナリーでは、約45分ほど見学する時間があります。
私はワインのテイスティングに興じている間、夫と子供達は外で待っててくれました。(夫はお酒まるっきしダメなんです)
ひととおり出来上がっちゃった私は、良い気分。
夫と子供達はひなたぼっこで、良い気分。
一番楽しんだのは私かもしれない。。。
2007年02月27日
ボランティア活動
年に一度ボランティアで献金集めのキャンペーンをしています。
白血病の子供達を救うための献金です。
これを始めたきっかけは、友人の甥っ子さんの事です。
友人からいつも元気な甥っ子の話を聞いていました。
スポーツ少年で、ゲームボーイが好きで、弟思いだった甥っ子。
突然、11歳で白血病で亡くなってしまったのです。
ショックでした。
誰も彼が白血病なんて想像もしませんでした。
元気な息子が突然この世からいなくなる。
親御さんの気持ちを思うとやりきれませんでした。
何かしてあげたい。
そんなある日、白血病患者サポート協会から電話がかかってきました。
献金運動のボランティアに興味がありますかと。
それがきっかけです。
86%の白血病を患っている子供は治療によって助かると言われています。
でもその治療費は膨大な金額。
少しでも何か力になれるならと思って始めたボランティアです。
有り難いのは、サポート基金や協会が、一般の人にそう言う機会を与えてくれる事ですね。
白血病の子供達を救うための献金です。
これを始めたきっかけは、友人の甥っ子さんの事です。
友人からいつも元気な甥っ子の話を聞いていました。
スポーツ少年で、ゲームボーイが好きで、弟思いだった甥っ子。
突然、11歳で白血病で亡くなってしまったのです。
ショックでした。
誰も彼が白血病なんて想像もしませんでした。
元気な息子が突然この世からいなくなる。
親御さんの気持ちを思うとやりきれませんでした。
何かしてあげたい。
そんなある日、白血病患者サポート協会から電話がかかってきました。
献金運動のボランティアに興味がありますかと。
それがきっかけです。
86%の白血病を患っている子供は治療によって助かると言われています。
でもその治療費は膨大な金額。
少しでも何か力になれるならと思って始めたボランティアです。
有り難いのは、サポート基金や協会が、一般の人にそう言う機会を与えてくれる事ですね。
2007年01月24日
夢が教えてくれたこと
もう数年も前の出来事なのですが、それ以来、私は自分を改めました。
その事を今日は書いてみたいと思います。
夢を見たのです。
その頃、反抗期の10歳の次男とうまく噛み合ない状態が続いていました。
お互いにやる事なす事が裏目に出てしまい、全く二人の周波が一致しないのです。
一緒にいればマイナスエネルギー増幅して悪循環。
やる気もない、根性もない、目的もない。
そんな次男の状態にイライラしていました。
子供のためと思って注意や助言をするのですが、まるで壁に向かってしゃべっているようです。
もう何ヶ月もそういう状態が続いた後、もう私の忍耐力も底をつき、
就寝前の次男にかなり辛く当たってしまいました。
「もう、どうにでもなれ。」
そんな投げやりな気持ちになり、傷ついたお互いの心を無視しようととしました。
そして、私も床に着きました。
その晩、こういう夢を見ました。
陽気な昼下がり、息子が友達と楽しそうにおしゃべりしながら家の向かいの歩道を歩いています。
これからどこかに遊びに行くのでしょう。
すると、速いスピードで車が息子達の側を通り過ぎていくかと思われた瞬間、
車内から何者かが銃を発射したのです。
バン、バーン
息子が倒れました。
私は無我夢中で走って近寄り、道ばたにしゃがんで息子を抱き上げました。
力が無く、腕に体重がのしかかります。目を開けません。
「しっかりして! しっかりしてっ!」
何度も何度も息子の名前を呼ぶのですが、命が自分の腕の中から滑り落ちて行くのがわかります。
突然の出来事にショックと悲しさで嗚咽しながら、息子を抱きしめる事しかできませんでした。
「お願いだからこのまま行かないで! 最後にあなたに何も優しい事を言ってあげてない!」
すると背後から誰かがそうっと近づいてきました。
その暖かさと穏やかさから神様または天使だと判りました。
絶望感に苛まれている私に、
「運命を変える事はできない。しかし、時間を少しだけ戻してあげる事はできる。でも、あなたはもう一度その苦しみを味わう事になるけれど、それでいいのなら時間を戻してあげよう。」
私は自分の苦しみより、息子にもう一度逢って伝えたい事を伝える方を選びました。
息子が(再び)友達と楽しそうに歩いています。
私は走って近づいて行って、息子を抱きしめながら言いました。
「ママはあなたのことを心から愛しているよ。ずっとずっと。永遠に変わらないよ。どんな事が起きてもママはあなたの側にいるからね。いつも側にいるから、それだけはちゃんと覚えていて。愛しているよ。」
私はギュッと息子を抱きしめ続けました。
次の瞬間何が起きるかは知っています。

そこで目が覚めました。
しばらく放心状態でした。
夢が教えてくれたのです。
日常の些細な事より、愛を伝え合うことが肝心なんだと。
時間がどんなに貴重な事かを。
わだかまりの残ったまま時間を放置してはいけないと。
傷ついたままにしてはいけないと。
いつどんな事があるかは判らないのです。
チャンスが与えられているうちに、正しい事をしなくてはいけない。
それ以来、子供を一人ですすり泣きさせるようなことは止めました。
学校や友達と遊びに出かける時等も、必ず、I love you と言うようになりました。
寝る前には抱きしめてその日一日を感謝します。
一緒にいれる一瞬一瞬を大切に思うようになりました。
本当に不思議な夢でした。
でも、それ以来、息子の態度も変わって行きました。
(これは私の親友ルミナスさんに、12月の里帰りで逢った時にお話ししたものです。ルミナスさんは私と同じ感情を共有してくれました。是非、書いて残してとおっしゃったのでそうしました。)
その事を今日は書いてみたいと思います。
夢を見たのです。
その頃、反抗期の10歳の次男とうまく噛み合ない状態が続いていました。
お互いにやる事なす事が裏目に出てしまい、全く二人の周波が一致しないのです。
一緒にいればマイナスエネルギー増幅して悪循環。
やる気もない、根性もない、目的もない。
そんな次男の状態にイライラしていました。
子供のためと思って注意や助言をするのですが、まるで壁に向かってしゃべっているようです。
もう何ヶ月もそういう状態が続いた後、もう私の忍耐力も底をつき、
就寝前の次男にかなり辛く当たってしまいました。
「もう、どうにでもなれ。」
そんな投げやりな気持ちになり、傷ついたお互いの心を無視しようととしました。
そして、私も床に着きました。
その晩、こういう夢を見ました。
陽気な昼下がり、息子が友達と楽しそうにおしゃべりしながら家の向かいの歩道を歩いています。
これからどこかに遊びに行くのでしょう。
すると、速いスピードで車が息子達の側を通り過ぎていくかと思われた瞬間、
車内から何者かが銃を発射したのです。
バン、バーン
息子が倒れました。
私は無我夢中で走って近寄り、道ばたにしゃがんで息子を抱き上げました。
力が無く、腕に体重がのしかかります。目を開けません。
「しっかりして! しっかりしてっ!」
何度も何度も息子の名前を呼ぶのですが、命が自分の腕の中から滑り落ちて行くのがわかります。
突然の出来事にショックと悲しさで嗚咽しながら、息子を抱きしめる事しかできませんでした。
「お願いだからこのまま行かないで! 最後にあなたに何も優しい事を言ってあげてない!」
すると背後から誰かがそうっと近づいてきました。
その暖かさと穏やかさから神様または天使だと判りました。
絶望感に苛まれている私に、
「運命を変える事はできない。しかし、時間を少しだけ戻してあげる事はできる。でも、あなたはもう一度その苦しみを味わう事になるけれど、それでいいのなら時間を戻してあげよう。」
私は自分の苦しみより、息子にもう一度逢って伝えたい事を伝える方を選びました。
息子が(再び)友達と楽しそうに歩いています。
私は走って近づいて行って、息子を抱きしめながら言いました。
「ママはあなたのことを心から愛しているよ。ずっとずっと。永遠に変わらないよ。どんな事が起きてもママはあなたの側にいるからね。いつも側にいるから、それだけはちゃんと覚えていて。愛しているよ。」
私はギュッと息子を抱きしめ続けました。
次の瞬間何が起きるかは知っています。

そこで目が覚めました。
しばらく放心状態でした。
夢が教えてくれたのです。
日常の些細な事より、愛を伝え合うことが肝心なんだと。
時間がどんなに貴重な事かを。
わだかまりの残ったまま時間を放置してはいけないと。
傷ついたままにしてはいけないと。
いつどんな事があるかは判らないのです。
チャンスが与えられているうちに、正しい事をしなくてはいけない。
それ以来、子供を一人ですすり泣きさせるようなことは止めました。
学校や友達と遊びに出かける時等も、必ず、I love you と言うようになりました。
寝る前には抱きしめてその日一日を感謝します。
一緒にいれる一瞬一瞬を大切に思うようになりました。
本当に不思議な夢でした。
でも、それ以来、息子の態度も変わって行きました。
(これは私の親友ルミナスさんに、12月の里帰りで逢った時にお話ししたものです。ルミナスさんは私と同じ感情を共有してくれました。是非、書いて残してとおっしゃったのでそうしました。)





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